こんばんは。GWが終わった。
5月病がどうとか、連休ボケがどうとか、そういう話はもういい。今日は私の話をする。
私のGW、ほぼ何もしてない
旅行?してない。 バーベキュー?呼ばれてない。 映えるランチ?行ってない。
やったことといえば、
- 昼過ぎまで寝る
- Netflixを惰性で流す
- コンビニのアイスを3種類食べ比べる
- 気が向いたときだけ近所を散歩する
- また寝る
・・・以上。
SNSを開けば「京都行ってきた」「グランピング最高」「家族でBBQ」の嵐。うん、知ってた。みんな忙しいね。
でも私は・・・
ベランダでぼんやり空を見ながら、コーヒーを一口飲んで、「あ、今日も何もしてないな」って思った瞬間に気づいたワケ。
これ、かなり贅沢じゃない?
「予定がない」は欠乏じゃない
考えてみると、平日の私たちって常に何かに追われてる。
締め切り、会議、上司のSlack、返信しなきゃいけないLINE、やらなきゃいけない名もなきタスク・・・。
頭の中にずっと「次にやること」が浮かんでる状態。
それが連休中だけ、すっかりなくなった。
次の予定がない。
誰かに合わせなくていい。
何時に起きてもいい。
何も決めなくていい。
これって、けっこうすごいことじゃない?
ボーッとする時間って、無駄に見えてケド、たぶん脳が静かになってる時間なんだと思う。
普段ずっと全力で走ってる分、エンジン切って放置しないといけない時間が、人間にも必要なんじゃないかって。
「充実したGW」の呪い
「せっかくの連休なのに」って言葉、地味にしんどい。
誰が言うわけじゃないけど、なんとなく社会の空気として「連休=アクティブに動くべき」みたいなプレッシャーがある。
でも待って。
普段から頑張ってるんだから、休みくらい本当に休んでよくない?
ダラダラすることへの罪悪感、いらない→ ボーッとする自分を責める必要、ない→ 「どこにも行かなかった」を説明する義務、ない→
何もしないことを、ちゃんと選んだ連休。 それはそれで、立派な過ごし方だと私は思う。
ボーッとしたGWの終わりに思うこと
最終日の夜、布団の中で「あ〜終わったな」ってなるやつ。
あれ、ちゃんとあった。
何もしてないのに、なぜかちょっとだけ満たされた感じもあった。
無理に動き回ったGWより、静かに過ごしたGWのほうが、ちゃんと「休んだ」って感覚があったりする。不思議なことに。
来年のGWもきっと、大した予定は立てない。
それでいいと思ってる。







